「a&s JAPAN」最新号より
農林業のセキュリティ事情
高級果物や野菜の盗難事案が数多く報告されるようになった。また、一般の農作物においてもタヌキやイタチ、イノシシやサルなどの鳥獣被害により農家が被害を受けるケースが増えている。一方、郊外の森林部や山間部においては家電製品や産業廃棄物などの不法投棄が問題となり、風水害による土砂崩れや土石流などの自然災害に対する対応が急務とされている。本稿ではこれまで紹介されることが少なかった農林業のセキュリティにスポットを当てその最新事情を報告する。
【a&s JAPAN 2010年5月号(No.16)より】
大川鮎太郎
農林業の現状
日本の農林業はいま大きな岐路に立たされているといっても過言ではない。就労人口の減少と高齢化にさらに拍車がかかり、後継者問題は先行きの見えない大きな課題として暗い影を投げかけている。農家の後継者問題は、一般の事業と比較して収入が少なく、若者にとって農業が魅力的な職業に映らないことに起因している。もちろん、その労働条件や天候に収穫が左右され生活が不安定で安心できないといった面が大きいこともある。
さらに、後継者不足の背景には社会全体の少子高齢化が挙げられる。この傾向は特に過疎地で顕著で、これが農村の活力を低下させている一因になっている。
日本では早くから農業共同組合制度を導入してきた。農協が日本全体で取り扱う農作物は年間10兆円を超える規模となっており、「小さな農家」との対比は際立って大きい。日本の農業を語る上で農業協同組合の問題は避けて通ることはできないが、その問題は別稿に譲ることにする。
直面するセキュリティ課題
農業が直面するセキュリティ課題としては天候などの自然災害を除くと、盗難による被害と鳥獣などによる被害に大別される。
特に盗難被害は、組織化・大規模化し、悪質なケースがTVなどでも大きく報道されてきている。特に狙われやすいのが、市場で高額に取引されるいわゆる高級品で、サクランボやマスクメロン、フルーツトマトなどが狙われ、これは完全な転売目的の窃盗事件と言える。
民生用の無線監視カメラを自社開発し、意欲的な農業分野への展開を図っているキャロットシステムズ営業企画担当の木村茂生氏も「朝、ビニールハウスに仕事に行ったら、ハウス内のフルーツトマトがすべて盗難被害にあっていた」という事件を紹介してくれた。このケースは完全な転売目的で、複数犯による組織的・計画的な犯行と考えられる。
また、つい最近話題となった事例はミツバチの盗難被害だ。ミツバチは果樹や花卉の栽培には欠かせない「受粉」を人に代わって行ってくれるいわば自然の恵みで、今年に入ってからだけでも全国19ヵ所で盗難があり、被害の総額は950万円に達すると報じられている。背景にはミツバチの輸入禁止で市場の流通価格が高騰し、ミツバチ自体が「品薄」になっている現状がある。
一方、近年の森林伐採や宅地化により、これまで山の中にいた獣たちが人里に降りてくるケースも数多く報告されている。タヌキやイタチ、ハクビシン、サル、シカ、イノシシなど枚挙に暇がない。丹精込めて作った野菜や果物が見るも無惨に食い散らかされるのだから、生産者の落胆は想像に難くない。
また、これら動物による被害は作物ばかりではない。数年前に話題になった軽井沢の別荘地でのクマの出没騒ぎなどは、人命にも直接関わる問題である。しかしながら、この両者を通じて有効な対策が行われていないのが実情だ。正確に言えば「行えない」のであり、その課題の第一は「コスト」という大きな壁だ。
一方で林業の分野では盗難事件はほとんど報告されるケースは少ないが、最近の課題は不法投棄の問題だろう。不要になった家電製品や家具を車に積んで捨てて行くケースだ。もちろん許されるものではないが、より深刻なのが産廃業者による産業廃棄物の不法投棄の問題である。これは単に美的景観を損なうだけでなく、産業廃棄物の中には著しく環境を汚染する物質が含まれているケースもある。このような悪質なケースはもはや個人のセキュリティの問題ではなく、管轄する行政レベルの問題としてとらえなければならない。
困難な設備投資
工業用や産業用、あるいは一般オフィスの分野では、監視カメラを中核にしたセキュリティ機器の進展は目覚ましいものがある。デジタルやIPを利用したセキュリティの統合システムはこれまでにない自動化・効率化という恩恵を私たちに与えてくれた。
しかし、コストや周辺の通信インフラ、高齢化などの事情から農林業はこの恩恵から遠ざけられていると言わざるを得ない。生産効率が悪く薄利な個人農家にとって、高価の設備投資をセキュリティに振り向けることは事実上困難である。
簡単無線カメラが脚光
こんな市場背景の中でいま注目されているのがキャロットシステムズ社の監視用無線カメラシリーズだ。これは商品計画時から民生用に特化し、コンセントを入れるだけで誰にでも使えることをコンセプトに開発されたもので、販路もホームセンターや家電量販店を最重要に考えているという。
注目されるのはその価格だ。あくまで民生用途に限定しているため、無線カメラと受信機のパッケージ商品で4万円を切る店頭価格を実現している。デジタルの2.4GHz帯を使用し、カメラ本体は防水機能と夜間対応の赤外線機能を持ち、30万画素(VGAサイズ)の動画映像を見通し距離で約200メートル無線配信する。利用者は映像受信機をTVにつなぐだけでリアルタイム映像を観ることが可能だ。また、オプションの3.5インチ液晶搭載の専用小型モニタを利用すればTVなしで直接監視映像を観ることができる。
同社の木村氏も「この無線カメラを市場投入してから監視カメラに対する問い合わせが圧倒的に増えた、潜在需要の多さを実感した」と語っている。これまでの工業用無線カメラはコストが高く、とても個人の農家に導入できるものではなかった。農家にとっては、IPもメガピクセルも関係がなく、まず「低コストで簡単に観ることができる」ことが大きなインパクトになっているようだ。

キャロットシステムズ 営業企画担当
木村茂生 氏
光ファイバでセンシング
一方、前述した行政レベルの取り組みが必要になるが、監視カメラ以外にも監視センサとして注目を集めているのが光ファイバセンシングシステムだ。特に林業においては、風水害や地震・台風等の自然災害による土砂崩れや土石流などの深刻な問題を抱えている。
この光ファイバセンシング技術の応用例が光波PMC(Polarization Mode Converter)方式の光ファイバ震動・衝撃センサである。多数の監視カメラを、常時、人がモニタするには無理がある。光ファイバ振動センサで異常をキャッチしてカメラ映像を確認する方法もある。
古河電気工業(株)情報通信カンパニーファイテル製品事業部アクセスシステム部担当部長の小川雅英氏は、「光ファイバセンサは土地や建造物の神経網となることができる。長距離伝送、広帯域、無誘導、無電源などの特徴は野外の監視に最適だ」として、その可能性の高さを強調する。電気式センサの場合、センサ本体と検出信号変換器の間は電気ケーブル(銅線)で接続されるが、この配線距離は長くても数百メートルが限界。一方、光ファイバセンサはこの銅線ケーブルの部分が光ファイバのため、数十キロもの長距離の配線が可能になった。つまり、検出信号変換器を現場に設置する制約から解放され、センサ本体のみを現場に設置することでシステムが稼働する。センシング部分は光ファイバや光学部品のみで構成され、電源は全く不要。雷撃・誘導にも強く大きな信頼性を発揮する。

古河電気工業 情報通信カンパニー
ファイテル製品部 アクセスシステム部 担当部長
小川雅英 氏
この他にも、いま光ファイバは温度や温度分布、水位、浸水、雨量、風速、開閉(扉やフェンス)、構造物の歪み、さらには電流の検知など広範囲にわたって社会インフラを守る防災・セキュリティセンサとして活躍している。
光ファイバというと、誰もがネット社会を支える通信インフラのイメージを持たれると思うが、優れたセンサとしての働きにも無限の可能性があることを覚えておきたい。
注目されるフィールドサーバ
フィールドサーバとは、複数のセンサとネットワーク技術を利用した屋外IT化システムで、気温センサ、湿度センサ、日照量センサ、 土壌温度センサ、カメラなどの各種センサと小型Webサーバおよび無線LAN機能を搭載している。
農業用途では、作物の生育を詳細なデータを元に長期的に観測することで、作物の生育状況や異常、年度ごとに変化するシーズンの傾向などを把握することに役立つ。また、蓄積された過去のデータと作付けした土地ごと、作物ごとの標準データを比較検討することも可能。日射量や温度、灌水量を最適にコントロールする指標となったり、収穫時期や施肥・防除のタイミングの予測などが期待される。いま、収益率が高く大規模な農業・園芸経営を行っている一部の利用者には、自動化・効率化を促進する新しいシステムとして注目されているようだ。
しかし、現状では前述した導入コストの問題や世代間のIT格差といった一朝一夕には埋めることのできない問題から、一般の個人農家への導入は時間がかかると言わざるを得ない。
ただし、現在では若者たちの都会離れの風潮から、脱サラして農業を始めたり、2世や3世の世代が地域で協力して競争力のある農業を展開しようという新しい流れがあることも事実である。今後もこのフィールドサーバの進展に注目しておくべきだろう。
市民農園の映像活用
ここで、セキュリティからは離れるが、農業分野における監視カメラによる映像活用の事例を紹介したい。これまでの市民農園というと、例えば自治体やNGO団体が河川敷などの遊休地を低額で市民に提供し、遊び感覚で農業に親しんでもらうというスタイルが多かった。しかし、今回取材したケースは大きく異なっていた。
サクサ事業戦略推進本部新規事業開拓部チームリーダの荒木正賢氏は「みなさんは市民農園というと、リタイアした団塊世代が余生の楽しみとして野菜をつくる、といったことを想像されるが、この埼玉県のファミリー農園のケースは全く異なる」という。ファミリー農園では一般契約をすることで農園区画を借りることができるが、「バーチャル菜園」というサービスを受けることで、PCから野菜作りを指示でき、収穫物の宅配手配も行ってくれる。
同氏はさらに続けて「会員は普通の家族や女性層が多い。アミューズメント施設へ行って家族でお金を使うなら、無農薬野菜を自分たちで作って自分たちで収穫するという楽しみに新しい価値観を見出しているようだ」と語った。設置されているのはIPネットワークに接続された防水型の野外対応PTZカメラで、会員は自宅のPCからカメラを操作し、自分の畑の作物の様子をリアルタイムで観ることができる。つまり、週末は現地で作物の世話をするが、ウィークデーや用事で行けないときにはPCから自分の作物の生育状況を見守るわけだ。そして、ユニークなのは、その映像から水やりや施肥が必要と判断すれば電話やメールで農園管理者に依頼し、管理者はこの依頼を受けて実施するというものだ。
もちろんサクサでは、このようなファミリー農園ばかりでなく、一般の農家に向けてIP監視カメラを利用したライブモニタリングの農業ソリューションを提供しているが「市場自体がまだまだ誕生段階で、費用対効果の問題やIP格差の存在から導入に至るケースは少ない」と荒木氏は現状を説明する。

サクサ 事業戦略推進本部
新規事業開拓部 チームリーダ
荒木正賢 氏
畜産分野の映像活用
さらに映像活用の事例として畜産分野を紹介したい。特に多いのが乳牛や肉牛の出産場面での立ち会いである。これまで畜産農家では、このようなシーンの場合、牛舎の中でいわゆる付きっきりで母牛の状態を見守ってきたわけだが、寒い冬の夜や長時間の見守りは大変な重労働となっていた。
このような思いから解放してくれるのが監視カメラの存在だ。もちろん、これまで監視カメラの存在は知られてはいたが、費用対効果の面から導入に至らない畜産農家が多かったという。前述したキャロットシステムズ営業部マーケティング室の瀧脇大典氏も「弊社のカメラの低コストとコンセントを入れるだけの手軽さが受け、予想以上の反響をいただいてシェアを延ばしている」との好感触を語った。畜産農家は暖かい部屋からテレビや専用モニタに映し出される母牛の状態を常時チェックすることができ、いざという時になってから牛舎に足を運ぶことが可能になった。もちろん牛ばかりではなく、競走馬や大切な家畜の見守りにも大いに役立つことが期待される。

キャロットシステムズ 営業部 マーケティング室
瀧脇大典 氏
また、畜産とは離れるが、先日テレビでも大きく報道された佐渡トキ保護センターでのテンによる被害も興味深い。これは、環境省が新潟県の佐渡に開設した国の特別天然記念物トキの保護増殖に取り組む施設で起こった事件で、9羽のトキが飼育ケージに侵入したテンによって殺されたものだ。
報道された監視カメラによる映像にはテンがケージの高いところから侵入する様子が鮮明に映し出されていた。同センターがどのようなセキュリティシステムを構築していたのかは定かではないが、監視カメラと侵入センサが連動してアラームを発報していれば、被害がここまで大きくならずに済んだのではないかと考えられる。
今後の方向性と展望
光ファイバセンシングを提供する古河電工では、NTTインフラネットが開始した防災情報通知・配信サービス「GAIAFITS」とセンサ部分で連携を図っている。このサービスが当面の対象としているのは道路冠水や降雨量、河川水位などの情報で、光ファイバセンサが水位などを測定し、防災情報を各行政機関や地域住民、企業、交通機関などに配信する。このシステムはセンサで得られた情報をBフレッツや携帯電話のFOMA網経由でIPネットワークに直接接続してサーバにデータ集中を行うシンプルな構成となっている。同社の小川氏も「サーバから直接、道路等の管理担当者や地域住民のPC・携帯電話に警告メールを配信することができる」として、この新しいサービスの将来性に期待している。これまで、地域住民への情報配信は広く行われているものの、各行政機関が個別に配信システムを構築・運用していたため、総合的な被害把握が難しいという課題があった。このシステムなら通知は個別の集中管理センターを設置することなく携帯メールで行えるため、コストを大幅に削減し、迅速な通知が可能になったという。さらなるシステムの進展を待ちたい。
さて、今後の農業分野でのセキュリティシステムの方向性としては、やはり電源問題が大きな課題としてクローズアップされてきそうだ。サクサの荒木氏も「野外だけに電源の確保は最重要な課題だ。弊社でも今後太陽電池パネルをシステムへ付加することを検討している」として将来を見据える。また、今後農業分野にセキュリティシステムが浸透していく条件として、農業自体が大規模化・広域化・集約化されて新しい農業のビジネスモデルが登場する必要性についても言及した。
一方、本年のSECURITY SHOW 2010で太陽光発電パネルを付加した監視カメラシステムを発表して注目されたキャロットシステムズでも「現在はコスト設定を検討している段階だ。やはり低価格帯で販売できるレベルにならないと市場への浸透は厳しいだろう」と木村氏が語ったようにクリアすべき課題は数多くありそうだ。同社では、農業ばかりではなく今後は畜産分野にも比重を置き、エコロジー社会を反映した製品の開発・改良に取り組む方針だ。
現在日本の食卓には、世界でも最高品質の国産野菜や果物が並び、また食の安全といった観点からも安心して食べることができる環境が整っている。これも日本各地で日々農作物の生育に励んでいる農家のみなさんの熱い情熱に支えられていることを忘れてはならない。これからも農林業のセキュリティに注目したい
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