FeliCaビジネス定点観測【神尾 寿】
普及拡大期からインフラ活用期へ。新時代に入るFeliCaビジネス
カードやケータイを"かざす"。
今ではあたりまえの光景になったが、ふと振り返れば、このスタイルが一般化したのは最近のことだ。今から8年前の2001年、JR東日本の「Suica」とビットワレットの「Edy」から本格展開をはじめたソニーの非接触IC「FeliCa」は、それから10年と経たずして、日本の社会インフラになった。Suicaを筆頭に電車・バスなど公共交通向けICカード(交通IC)として全国に広がったほか、Edyや「nanaco」など電子マネー分野でも幅広く採用。さらに住宅やオフィス向けの電子キーや各種会員カード、ポイントカード、電子クーポンなど様々な分野でFeliCaは使われている。
FeliCaを携帯電話に組み込んだ「おサイフケータイ」も一気に拡大した。NTTドコモが牽引役となり、おサイフケータイが市場投入されたのは2004年のこと。当時、おサイフケータイのプロジェクトを立ち上げたNTTドコモの夏野剛氏(現:慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特別招聘教授)は、「今後5年でおサイフケータイは生活インフラになる」と語った。あれから、ちょうど5年、おサイフケータイの普及台数は約5,300万台に達し、交通ICや電子マネーをはじめとするFeliCaの浸透分野すべてで、おサイフケータイはカード型サービスにない付加価値を構築することに成功。"おサイフケータイの父"と呼ばれた夏野氏の予言は、まさに現実のものになろうとしている。
大規模な普及拡大期が一段落した2008年
FeliCaのサービスやビジネスの歴史の中で、昨年(2008年)はひとつの転換点だった。大規模な普及拡大への取り組みが一巡し、全国各地で様々なFeliCaサービスのインフラが、"日常生活にとけこんだ"年だったのだ。
FeliCaの代表的な分野である「交通IC」の世界では、JR東日本が中心となり、JR西日本の「ICOCA」、JR東海の「TOICA」と相互利用がスタート。2007年にすでに実現していた首都圏のSuica・PASMO間に続いて相互利用を実現したことで、交通ICの使い勝手が飛躍的に高まった。さらに交通ICの導入地域は拡大し、2008年5月に九州・福岡で西日本鉄道が「nimoca」をスタート、10月にはJR北海道が「Kitaca」を導入し、北海道から九州まで日本の主要都市で何らかの交通ICが利用できるようになった。2009年春にはSuicaとKitaca、2010年にはSuicaと九州の3つの交通IC(西鉄のnimoca、JR九州の「SUGOCA」、福岡市交通局の「はやかけん」)の相互利用も予定されており、全国の交通ICがシームレスに使える時代が近づいている。
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九州・福岡でサービス開始した西日本鉄道の「nimoca」。鉄道・バスのほか、電子マネーやポイントサービスも導入された。
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JR北海道の「Kitaca」。Suicaと同じJR系の交通IC / 電子マネー。今春にはSuicaとの相互利用も始まる。
「電子マネー」分野では、加盟店の拡大と利用率の向上が相次いだ。まず、加盟店では、セブン=イレブンやローソン、ファミリーマートなど全国の主要コンビニエンスストアが電子マネーに対応。特に昨年は複数の電子マネーに対応したマルチタイプのリーダーライター(FeliCa読み取り機)の導入が相次ぎ、沖縄から北海道まで全国のコンビニで電子マネーが使えるようになった。
また、コンビニ以外の店舗や施設でも2~3の方式に対応するマルチタイプのリーダーライターの普及が進み、これによって電子マネー加盟店の広がりと、使い勝手の向上が実現している。
流通系電子マネーの台頭が顕著だったのも昨年の特徴で、セブン&アイグループのnanacoがセブンイレブンとイトーヨーカドー系のスーパーマーケットを中心に高い利用率を実現したほか、イオングループの「WAON」も自社のショッピングセンターやスーパーマーケットを中心に、じわじわと勢力を伸ばしている。なかでもセブン&アイグループのnanacoは、カードとICアプリの発行数は613万件とEdyの4,180万件やSuicaの2,562万件より見劣りするものの、月間利用件数は3,100万件と電子マネーの中でも随一の利用率(※1)だ。リアルな店舗網を多く持つ、流通系電子マネーの潜在力を見せつけた。
電子マネーと電子クーポンをセットで導入し、新たなマーケティング手段とする動きも活発化した。その中でも特徴的な事例となったのが、2008年5月に日本マクドナルドホールディングスとThe JV(ザ・ジェーブイ)がスタートしたおサイフケータイを利用する新型クーポン「かざすクーポン」だ。これはおサイフケータイ上のICアプリにクーポン機能を持たせたもので、「セグメントマーケティングやOne to Oneマーケティングの重要なツール」(日本マクドナルド取締役上席執行役員 兼 The JV 代表取締役社長の前田信一氏)という位置づけだ。かざすクーポンをきっかけに、全国のマクドナルドで電子マネー「iD」と「Edy」が展開。これが呼び水となり、吉野屋が2009年春から電子マネー「WAON」の導入を決めるなど、これまでの比較的単価の高いレストランや飲食店だけでなく、ファーストフード業界にまで電子マネーが広がりはじめた。
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日本マクドナルドは電子クーポン「かざすクーポン」を導入。FeliCaサービスをマーケティング分野で積極活用。あわせて電子マネー「iD」「Edy」も導入した。
また、おサイフケータイの新たな動きとして、「UI (ユーザーインターフェース)としての活用」が広がったのも、昨年の注目ポイントだろう。これはモバイルFeliCaが持つ近接通信機能「3者間通信」を使ったもの。リーダーライターからURL情報などをおサイフケータイに送信し、そこからサイト誘導を図るというQRコード的な使い方である。飲食店向け簡易クーポン端末「ぐるなびタッチ」(ぐるなび)や、駅の周辺案内図と連動したデジタルサイネージの「ナビタッチ」(表示灯)などが代表例だ。またユニークな例としては、NTTドコモが讀賣テレビと協同で行った実験で、エリア限定ワンセグの受信チャンネル設定を、おサイフケータイの3者間通信を使って行った。
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表示灯が展開する「ナビタッチ」。3者間通信を用いて、おサイフケータイを携帯サイトに誘導する。
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NTTドコモと讀賣テレビが協同で運用したエリア限定ワンセグの実証実験。おサイフケータイの3者間通信を使い、チャンネル設定を行う。
2009年は"インフラ活用"のセンスが問われる
こうして2008年を振り返ると、FeliCaのサービスやインフラの普及拡大期が一段落し、FeliCaカードやおサイフケータイの要素機能の活用もほぼ一巡したことがわかる。全国にFeliCaサービスの裾野が広がり、関連機器も低廉化している。おサイフケータイの普及台数も十分なレベルに達し、次なるフェーズは「これら構築されたサービスやインフラをどのように活用していくのか」に移りつつある。
その端緒は、すでに開きはじめている。
例えば、2008年12月、博報堂系のインターネット広告会社連合であるデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)とビットワレットが、Edyを使ったマーケティング事業を行うLLP(Limited Liability Partnership、有限責任事業組合)を設立した。これは発行数4,180万件、加盟店数 約8万店舗まで拡大したEdyのインフラ資産を活用し、新たな広告や販促手法を生みだす試みだ。類似した狙いは、nanacoやWAONなど流通系電子マネーや、先述のかざすクーポンにもあるが、DACとビットワレットのLLPは特定の店舗チェーンに紐付いていない分、よりフラットな広告・マーケティングインフラへの挑戦となっている。
これ以外にも、デジタルサイネージとの連携や、おサイフケータイと他のデジタル機器を連動させるリアル連携サービス、"駅と生活"に重要な軸足をおく交通ICカードの新サービスなどが、続々と登場しそうな動きがある。FeliCaインフラを活用したサービスやアプリケーションの進化と広がりは、今年の注目ポイントと言えるだろう。
一方、ハードウェア面に目を向けると、ソニーが新たに投入する「FeliCa Plug」と「FeliCa Lite」が注目である。
FeliCa Plugは"有線端子付き無線インタフェースモジュール"という位置づけで、従来のFeliCaチップのようにメモリやCPUを搭載しない。ポータブルゲーム機などの電子玩具や、ヘルスケア機器など、"すでにCPUとメモリを搭載する電子機器"に内蔵し、FeliCaによる非接触通信機能を付加する目的の製品だ。
FeliCa Liteは既存のFeliCaカードを簡易化した低コストバージョンだ。これまでのFeliCaカードよりもアプリケーションの柔軟性はやや制限されるが、用途別に簡易化されたセキュリティ機能とファイルシステムの最適化により、従来品よりも小型・省電力・低コストを実現したという。
FeliCa Plug、FeliCa Liteともに、すでにあるFeliCaインフラの資産を利用しつつ、FeliCa関連機器の裾野を広げるポテンシャルを持っている。これまで「カード」と「おサイフケータイ」だけだったFeliCa機器の世界が、今年はさらに広がりそうだ。
誤解を恐れずに言えば、これまでのFeliCaを取り巻く環境は、ひたすらに利用者と利用環境を増やしていくという「開墾」の時期だった。その最初の成果は徐々に見えはじめているが、本番はこれからだ。次は日本全国に広がったFeliCaのインフラに、どのような種を蒔き、いかに豊かに実らせるかという段階に入る。2009年はインフラ活用のセンスが問われる時期になりそうだ。今年から来年にかけて、どのようなサービスやビジネスが創造されていくのか。そこに注目していきたい。
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神尾 寿 プロフィール
通信・ITSジャーナリスト。
日経BP社契約ライター、大手携帯電話会社の委託プランナー(新ビジネス/マーケティング担当)などを経て、1999年にジャーナリストとして独立。移動体通信とITSを中心として技術やサービス、ビジネスの動向について取材を行っている。
現在はジャーナリストのほかに、IRIコマース&テクノロジー社の客員研究員。2008年から日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員、モバイル・プロジェクト・アワード選考委員などを勤める。著書は「自動車ITS革命」(ダイヤモンド社)、連載は「ITMedia +D Mobile」「ビジネスメディア誠」、「レスポンス」などWeb媒体を中心に幅広く展開。新聞各紙、ビジネス誌への執筆や、講演活動などを積極的に行っている。













